
「衛生管理者」という言葉を聞いて、すぐに内容が思い浮かぶ管理職は、どのくらいいるでしょうか。
正直に言えば、僕自身も数年前までまったく知りませんでした。労働基準監督署から連絡をもらって、初めてその制度の存在を知ったのです。そして受験し、4回目でようやく合格しました。今日はその話を通して、管理職が持っておくべき「衛生管理」の視点について書きたいと思います。労務シリーズの第2回です。
労基署からの連絡で、初めて知った
きっかけは、義務でした。
当時、僕が事務長を務めていた保育園の職員数が50人を超えていました。労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を使用する事業場には、衛生管理者を選任する義務があります。ところが、僕たちはその制度自体を知りませんでした。労基署から連絡をもらって、初めて「そんな義務があるのか」と気づいたのです。
これは、笑い話ではありません。第1回でも書いたとおり、
知らないことによる法令違反は、悪意のない現場でこそ起こります。事業所の規模が大きくなったタイミングで、それまで不要だった義務が発生する。でも誰も教えてくれないし、自分から調べなければ気づけない。まさにその典型でした。
そして受験です。これも正直に書きますが、僕は
4回目でようやく合格しました。3回落ちています。決して簡単な試験ではありませんでした。仕事をしながら勉強時間を確保するのも大変でしたし、範囲も想像以上に広かったのです。
衛生管理者とは何をする人か
簡単に説明しておきます。
衛生管理者は、労働安全衛生法にもとづいて選任される、職場の衛生管理を担う責任者です。職場を定期的に巡視し、労働者の健康障害を防ぐための措置を講じ、健康診断やその事後対応、作業環境の管理などに関わります。
第一種と第二種があり、業種によって必要な種別が変わります。僕が取得したのは第二種です。保育園のような、有害業務を伴わない業種はこちらが対象になります。
制度としては「選任しなければならない」という義務の話なのですが、僕にとって大きかったのは、
その勉強の中身でした。
試験勉強が、管理職の知識の宝庫だった
これは本当にラッキーだったと思っています。義務で仕方なく受けた試験でしたが、勉強してみると、管理職として知っておくべきことばかりだったのです。
試験範囲は大きく三つ。
関係法令、
労働衛生、
労働生理です。
関係法令では、労働安全衛生法を中心に、労働時間や休憩、健康診断、面接指導などのルールを学びます。これは、そのまま労務管理や法務の知識になります。第1回で書いた「管理職は自分の常識だけで判断してはいけない」という話がありましたが、その常識をアップデートする材料が、ここに詰まっていました。
労働衛生では、職場環境の管理や健康管理の考え方を学びます。温度、湿度、照明、換気といった環境要因が、働く人にどう影響するか。労働災害の防止。メンタルヘルス対策。どれも現場の管理職が日々向き合っている問題そのものです。
そして
労働生理。人間の体の仕組み、疲労のメカニズム、ストレス反応などを学びます。たとえば、近年ますます重要になっている
熱中症対策。なぜ熱中症が起こるのか、どんな状態が危険なのか、どう予防するのか。こうした知識は、保育園の現場でも、屋外での活動を判断する場面で直接役立ちます。
振り返れば、義務で受けさせられた試験が、結果として
管理職として職務上大事な知識を知るきっかけになった。これは幸運でした。ただ、裏を返せば、
この義務がなければ、僕はこれらの知識を一生知らないままだったかもしれない、ということでもあります。
産業医、ストレスチェック、衛生委員会
衛生管理者の選任と合わせて、当時から取り組んでいたことがあります。
産業医を選任し、ストレスチェックを実施し、社会保険労務士にも入ってもらって、
衛生委員会を毎月開催していました。これも法令上の義務ではありますが、実際にやってみると、単なる義務の履行以上の意味がありました。
毎月、職場の衛生や健康について話し合う場が制度としてある。しかも専門家が同席している。これによって、職場の課題が個人の愚痴ではなく、組織の議題として扱われるようになります。「なんとなく大変」が「具体的にこの部分を改善しよう」に変わる。とてもよい経験になりました。
ストレスチェックは、すべての職場の義務になる
ここで、これから管理職が知っておくべき法改正の話をします。
ストレスチェックは現在、常時50人以上の労働者がいる事業場に義務づけられており、50人未満は努力義務にとどまっています。
しかし、2025年5月に労働安全衛生法が改正され、
50人未満の事業場にも義務が拡大されることが決まりました。施行日は2028年4月1日とされています。日本の事業場のうち50人未満が全体の9割以上を占めますから、影響は非常に大きな改正です。
今はまだ努力義務だから関係ない、と考えている管理職の方もいるかもしれません。でも、2028年は決して遠い未来ではありません。そして、こうした準備は前倒しで始めたほうが、必ず楽になります。僕自身、義務化のずっと前から産業医とストレスチェックの体制を持っていたことで、慌てずに済みました。
三つの立場から考える
僕は研修講師であり、保育園を運営する法人の事務長であり、日々スタッフと関わる管理職でもあります。
講師の立場から見ると、労働生理で学ぶストレスのメカニズムは、アンガーマネジメントの土台とも重なります。人がなぜ疲れ、なぜ感情的になるのか。その生理的な背景を知っていると、部下の不調のサインに気づきやすくなります。
事務長の立場から見ると、これは法令遵守の話であり、同時にリスク管理の話です。健康管理を怠れば、労働災害や休職につながり、結果として組織全体が痛みます。知識は最大の予防策です。
管理職の立場から見ると、これは部下を守る力の話です。暑い日に無理をさせない。体調の異変に気づく。相談できる場をつくる。どれも、知識があるからこそできることです。
働きやすい職場をつくる三つの要素
ここまで書いてきて、僕なりに整理できたことがあります。
働きやすい職場は、
イクボスの存在を前提として、次の三つが合わさって初めて成立するのではないか、ということです。
一つ目は
業務改善。無理・無駄のある働き方を見直し、負担を減らしていくこと。
二つ目は
コミュニケーション。日常的に話ができ、困りごとを言い出せる関係があること。
三つ目は
適切な労務管理。法令にもとづき、労働時間・休暇・健康管理が正しく運用されていること。
このどれか一つが欠けても、働きやすい職場にはなりません。コミュニケーションが良くても労務管理がずさんなら、いずれ人は離れていきます。逆に、法令を完璧に守っていても、話しかけにくい職場なら、人は苦しいままです。
衛生管理者の勉強は、このうち三つ目の「適切な労務管理」を支える知識を、体系的に与えてくれました。だからこそ、イクボスを目指す管理職にとって、この分野の知識は最低限必要なものだと僕は考えています。
おわりに
資格を取れ、と言いたいわけではありません。4回も落ちた僕が言えることでもありません。
ただ、
衛生管理者という制度があり、そこで学ぶ内容が管理職の仕事に直結しているということは、知っておいて損はないと思います。試験を受けなくても、テキストを一冊読むだけでも、見える景色は変わるはずです。
知らないことは、罪ではありません。でも、知ろうとしないことは、部下を守れないことにつながります。僕自身、労基署からの連絡がなければ知らないままだった人間なので、偉そうなことは言えません。だからこそ、同じ立場の管理職の方に、この制度の存在をお伝えしたいと思いました。
次回は、管理職が最低限知っておきたい労務知識について、具体的に書いていきます。「着替える時間は労働時間なのか」といった、現場の感覚と法律の解釈がズレやすいところを取り上げる予定です。
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