
先週、福祉施設の研修担当者向けの研修に参加してきました。そこで隣の席に座っていた、老人保健施設で人材育成を担当されている方から、とても興味深い制度の話を聞いたんです。それが「逆指名制度」でした。
聞いた瞬間、僕は「これはよくできた仕組みだな」と唸ってしまいました。今日はその話を、保育園や福祉施設で人材育成に関わる方に向けて紹介したいと思います。
逆指名制度とは何か
普通、新人の指導役は上司や施設側が決めますよね。「今年の新人は○○さんが見てあげて」というふうに。でも逆指名制度は、その決め方が逆になります。指導される新人側が、「この人に指導してほしい」と指導役を指名するという仕組みです。
その施設では、いきなり新人が指名するわけではありませんでした。まず入社直後は、主任・副主任クラスが人材育成に入る。ある程度、施設の仕事や人間関係が見えてきた段階で、新人自身が「この先輩に教わりたい」と指名し、指導役をバトンタッチする。聞いた事例では入社から半年ほどが区切りでしたが、これは業種や仕事の覚え方によって変わるでしょう。半年はあくまで一つの目安です。
この「まず管理職層が土台を作ってから引き継ぐ」という設計が、僕はうまいと思いました。最初から現場任せにするのではなく、基礎を固めた上で指導役を移す。順序がよく考えられています。
僕がこの制度を「良い」と感じた理由
正直に言うと、その方の話の中で、指導役を交代しても指導そのものの難しさは残っていたようです。伝えたことが新人なりの解釈で受け取られてしまう、という悩みは、指導役が変わっても完全には消えなかったと。
それでも僕がこの制度を「良い」と感じたのは、逆指名制度の本当の価値が、「指導が上手な人に代える」ことではなく、「指導される側が心を開く」ことにあると気づいたからです。
考えてみてください。上から「この人に教わりなさい」と決められた指導役の言葉と、自分で「この人に教わりたい」と選んだ指導役の言葉。同じ内容を伝えられても、新人の受け取り方はまるで違います。自分で選んだ相手だからこそ、素直に耳を傾けられる。「この人が言うなら」と思える。指導する側とされる側の信頼関係が、スタートの時点ですでにできているんです。
人材育成でいちばん難しいのは、技術を教えることそのものより、相手が心を開いて聞いてくれる状態を作ることだと、僕は日々の現場で感じています。逆指名制度は、その「聞いてくれる状態」を制度として仕組み化している。ここに大きな価値があると思うのです。
三つの立場から見た逆指名制度
僕は研修講師であり、保育園を運営する法人の事務長であり、日々スタッフと関わる管理職でもあります。それぞれの立場から、この制度を見てみます。
指導される新人の立場では、「教わる相手を自分で選べる」という安心感が大きい。誰に相談していいか分からない不安が、入職期の離職につながることは少なくありません。自分で選んだ味方が一人いるだけで、その不安はぐっと減ります。
指導する先輩の立場では、「指名された」という事実が、責任感とやりがいを生みます。「あなたに教わりたい」と言われて悪い気はしません。この一言が、指導役自身の成長を促す面もあると思います。
管理職・育成責任者の立場では、指導役を強制的に割り振らずに済むのがありがたい。人には相性があります。上が決めた組み合わせがうまくいかず、双方が疲弊するケースは、現場では珍しくありません。本人同士の希望から始められれば、そのミスマッチのリスクを下げられます。
導入するなら、ここに気をつけたい
とはいえ、丸ごと真似すればうまくいく、という単純な話でもありません。僕が話を聞きながら考えた注意点を、正直に挙げておきます。
一つは、指名が特定の人に集中する可能性です。人望のある先輩に指名が偏れば、その人の負担が増えてしまう。指名制と、施設側の調整をどう両立させるかは考えておく必要があります。
もう一つは、「素直に聞ける」ことと「正しく伝わる」ことは別だという点です。冒頭でも触れたとおり、心を開いて聞いてくれても、伝え方が悪ければやはり誤解は生まれます。逆指名制度は土台づくりには効果的ですが、その上に乗せる「伝える技術」は、指導役自身が別途磨く必要がある。ここは制度だけでは解決しません。
それでも、人材育成の入り口で「本人が納得して始められる」という価値は、他の何にも代えがたいと僕は思います。仕組みそのものはとてもよくできています。自分の施設に合う形にアレンジして取り入れる価値は、十分にあるはずです。
よくある質問
Q. 逆指名制度は、どのタイミングで指導役を指名するのがよいですか?
A. 入職直後は施設の様子も先輩たちの人柄も分かりません。まず主任・副主任クラスが育成に入り、本人がある程度なじんでから指名する形が現実的です。聞いた事例では半年が目安でしたが、仕事の覚え方や業種によって適切な時期は変わります。
Q. 指名が特定の先輩に偏ったらどうすればいいですか?
A. 本人の希望を尊重しつつ、施設側で全体のバランスを調整する余地を残しておくとよいでしょう。「第一希望・第二希望」の形にする、指導役一人あたりの担当上限を決めるなど、運用の工夫でカバーできます。
Q. 逆指名制度を入れれば、新人育成の悩みは解決しますか?
A. 「素直に聞いてくれる関係づくり」には大きな効果があります。ただ、伝えた内容が正しく理解されるかどうかは、指導役の伝え方の技術によります。制度は土台であり、その上に乗せる指導スキルは別に磨く必要がある、と考えておくのが現実的です。
おわりに
研修の場は、講義そのものだけでなく、隣の席の方との何気ない会話からも学びが得られます。今回の逆指名制度も、まさにそうした偶然の出会いから知った仕組みでした。人材育成に「これが正解」という唯一の答えはありませんが、こうして他施設の工夫を持ち帰り、自分の現場に合う形を探していくことこそが、育成担当者の醍醐味だと思います。
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