
「わかりました!」と元気よく返事をしてくれる。でも、その後も同じミスが続く。指導のたびに返事はいいのに、結果が変わらない。
こういう部下や後輩に、心当たりはないでしょうか。先日参加した福祉施設の研修担当者向けの研修で、同じグループになった老人保健施設の方から、まさにこの悩みを聞きました。そして、その方が取った対策が、僕にはとても腑に落ちるものでした。今日はその話を書きます。
「わかりました!」の後に、何も変わらない
その施設に入職した新人さんの話です。
自分ではできていると思っている。だから指導や注意をしても、「わかりました!」と強く返事をする。悪びれる様子もなく、反抗的でもない。むしろ素直に見える。
ところが、その後も同じミスが続く。できていないことが、できないままになっている。何度伝えても、同じ場所で同じことが起きる。
指導する側からすれば、これほど途方に暮れる状況もありません。反発されているなら、まだ話し合う余地がある。でも「わかりました」と言われてしまうと、それ以上どう伝えればいいのか分からなくなる。
その返事は、嘘でも反抗でもない
ここで大事なことがあります。この新人さんの「わかりました!」は、おそらく嘘でも反抗でもないということです。
本人は、本当にわかったつもりでいるんです。だから元気よく返事ができる。適当に流しているわけではない。
では何が起きているのか。
本人の「できている」の基準と、指導者の「できている」の基準がズレているのです。本人の中では、すでに達成している。基準を満たしている。だから直しようがない。指導者がいくら「違う」と言っても、本人の物差しで測る限り、問題は存在していないことになります。
これは能力の問題でも、やる気の問題でもありません。
物差しの問題です。
根っこにあるのは「自己認識」
僕はアンガーマネジメントを伝える講師でもあります。そして研修の場で、いつも強調していることがあります。それが
自己認識です。
自分が今どんな状態にあるのかを、客観的に見ることができるかどうか。怒りの感情を扱うときも、ここがすべての出発点になります。「自分は今、怒っている」と気づけない人は、怒りを扱いようがないからです。
この構造は、仕事でもまったく同じだと思うのです。
自分の仕事を客観的に見るスキルがある人と、そうでない人がいる。「わかりました!」と元気に返事をして同じミスを繰り返す人は、後者なのでしょう。悪気があるわけではない。ただ、自分を外から眺める視点を持てていない。
そして厄介なことに、自己認識ができていない人に「自己認識しなさい」と言っても、届きません。見えていないものを「見なさい」と言われても、見えないからです。
チェックリストという解決策
その老健施設の方が取った対策は、
作業・業務のチェックリストを作成することでした。
この話を聞いたとき、僕は「うまい手だな」と思いました。単に手順を忘れないためのメモではありません。もっと本質的な効果があると感じたからです。
チェックリストは、
「できている」の定義を、本人の主観から取り上げて、紙の上に置く道具なんです。
「わかりました」と言った本人が、リストに向き合う。すると、チェックできない項目に出会います。そこで初めて、自分の基準と現場の基準のズレが、本人の目に見える。指導者が何度「違う」と言っても伝わらなかったものが、リストなら本人に見えるのです。
つまりチェックリストは、業務の手順書である以上に、
基準を可視化して共有する道具だと言えます。自己認識のスキルが十分でない人にも、外から客観的な物差しを渡すことができる。
介護や保育の現場では、特に効く
その方は、介護施設という業種の特性にも触れていました。
利用者さんに対して、誰が対応しても同じような接し方ができること。つまりマニュアル化・標準化が重要な業種です。担当者によってケアの質が変わってしまっては困る仕事だからです。
こういう現場では、チェックリストの効果が特に大きくなります。
できている・できていないを客観的に判断する基準があるということは、指導する側とされる側の双方にとって助けになる。
「あなたのやり方は違う」と言われるのと、「この項目が抜けている」と示されるのとでは、受け取り方がまるで違います。前者は人格への評価に聞こえかねませんが、後者は事実の指摘です。
お互いのミスコミュニケーションを防ぐことにもつながります。
これは保育の現場でも同じことが言えると思います。
三つの立場から見ると
僕は研修講師であり、保育園を運営する法人の事務長であり、日々スタッフと関わる管理職でもあります。それぞれの立場から、この話を見てみます。
講師の立場では、やはり自己認識の話に行き着きます。アンガーマネジメントでも仕事でも、出発点は同じです。ただ、自己認識のスキルは一朝一夕には身につきません。だからこそ、それを補う仕組みが要る。チェックリストは、その仕組みの一つだと思います。
事務長の立場では、これは属人化を防ぐ話でもあります。「あの先輩の指導は厳しい」「この先輩は甘い」というバラつきは、どこの職場にもあります。基準が紙の上にあれば、誰が指導しても同じ基準で伝えられる。
管理職の立場では、自分の言葉を過信しないという戒めになります。伝えたつもりでいても、相手の物差しで測られている限り、こちらの意図どおりには届かない。言葉だけで何とかしようとするのは、案外傲慢なのかもしれません。
チェックリストを作るなら、気をつけたいこと
もちろん、リストを作れば万事解決というわけではありません。注意点も正直に挙げておきます。
一つは、
項目が多すぎると形骸化するということです。細かすぎるリストは、チェックすること自体が目的になってしまう。本当に押さえるべき項目に絞る勇気が要ります。
もう一つは、
チェックリストは監視の道具ではないということです。「できていない項目を見つけて指摘する」ために使い始めると、途端に息苦しい職場になります。あくまで本人が自分の状態に気づくための道具であって、追い詰めるためのものではありません。ここを取り違えると、逆効果になりかねません。
そしてもう一つ。
リストにできることには限りがあるという点です。手順は書けても、その場の判断や気配りは書けません。チェックリストが埋まったからといって、一人前になったわけではない。ここは指導する側が忘れてはいけないところだと思います。
ちなみに、この新人さんの話には続きがあります
実は同じ老健施設で、この新人さんの存在がきっかけとなって、もう一つの取り組みが始まっています。
逆指名制度——新人自身が「この人に指導してほしい」と指導役を指名する仕組みです。
伝わらない相手にどう伝えるか。その悩みから生まれた工夫が、一つは仕組み(逆指名制度)で、もう一つが道具(チェックリスト)だったわけです。同じ悩みに、二つの方向からアプローチしている。この施設の姿勢そのものが、僕にはとても勉強になりました。
よくある質問
Q. 「わかりました」と返事だけいい部下には、どう伝えればいいですか?
A. 言葉を変えても、相手の物差しがそのままでは届きにくいと思います。「わかった?」ではなく「どう理解したか説明してもらえる?」と、本人の口から言語化してもらうのが有効です。そこでズレが見えます。チェックリストのように、基準を目に見える形にするのも同じ発想です。
Q. チェックリストを作ると、指示待ちになりませんか?
A. その懸念はもっともです。だからこそ項目を絞り、判断が必要な部分まで書き込まないことが大切だと思います。チェックリストは基準の共有が目的であって、考えることを代行する道具ではありません。
Q. 自己認識ができていない人は、変われますか?
A. 変われると思います。ただし「自分を客観的に見なさい」と言葉で促すだけでは難しい。客観的な基準を外から渡し、それに照らして自分を見る経験を重ねることで、少しずつ視点が育っていくのではないでしょうか。
おわりに
自分ではできていると思っているけれど、実力や結果が伴わない。この状態にある人を「困った部下」と分類するのは簡単です。でも、本人には見えていないのだから、責めても何も変わりません。
見えていない人に「見なさい」と言うのではなく、見える道具を渡す。今回聞いたチェックリストの話は、そういうことなのだと思います。
そして最後に、自分にも問いたいことがあります。指導する側の僕たちは、自分自身を客観的に見られているでしょうか。自己認識の話は、いつだって自分に返ってきます。
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